2008年07月13日
島の考え。

この考えは他の地域では非常識とされることが多々あり、この考え方が長きにわたって続いているお陰で、宮古が外へ向かえない原因を作っている。
宮古の考え=悪しき習慣=世間の非常識という図式が成り立っているお陰で、内地はおろか、沖縄県内でも宮古の評判はあまり良くない。
例を挙げれば切りがないが、
他の地域から見れば「ハア?」と思うようなことが宮古では罷り通っている。
良く言えば純粋。悪く言えば単純なのが宮古の考え方なのである。
それが他の地域から見れば新鮮にも感じるし、視野が狭くも感じる。
好き嫌いがはっきり別れる島だと思う。
宮古は個性が強い島なんだな。
私はそんな宮古を誇りに思う。
だからこそ島の悪い所を指摘し、改善する必要があることを問いたい。
2008年07月12日
なりやまあやぐは教訓歌ではない

てぃんさぐぬ花、でんさー節とならんで沖縄の教訓歌と呼ばれている宮古民謡のなりやまあやぐですが、細かく訳していくと、教訓歌と呼ぶにはふさわしくない内容の歌になっています。
てぃんさぐぬ花では親から子へ、でんさー節では人生の先輩から若者へ人としての大切なことが歌われいますが、
なりやまあやぐでは本妻がいる男が愛人の所に出かけていく様を本妻の立場から歌われ、妻のその心情が歌われています。
妻がいるのに浮気相手がいて、その人の所へ行くのは普通妻としては腸が煮え繰り返る思いでしょう。
しかし本妻は主人のことを愛しているためにだまって主人を愛人の所に送り、帰りを待ち、主人を笑って迎えてくれるのです。
なんとも健気な妻で、浮気性の主人がこの歌には描かれています。
この歌から教えられることは、女は健気で我慢強いのが良いということですが、現代でいうとただの都合のいい女に見えます。
先述のてぃんさぐぬ花やでんさー節と比較してみても、教訓歌としては少し意味合いが違うのではないのかと考えられます。
むしろ家庭和合のほうが、嫁と姑がお互いの立場を考え、歩みよって仲良くやっていければ家庭は平和になるよと教えており、こちらのほうが教訓歌としてはふさわしいと私は考えます。
宮古民謡の代表曲、教訓歌として有名ななりやまあやぐですが、こういう内容になっていることを皆様にお伝えしたいと思い、書かせて頂きました。
若輩者の勝手な文章ですが、師匠のお話しを元に私なりに研究した見解ですので拝見して頂ければ幸いです。
2008年07月11日
国際通りにて路上ライブ決行!

自分の表現したい演奏との間に開きができたため、今まで演奏していた場所をすべて辞め、路上ライブで自分の表現したい歌をやることに決めました。
すでにてぃだとみみを連れて路上ライブを決行中です。
しばらくはサンエーのイベントライブと国際通りでの路上ライブでの活動を続けていきます。
沖縄県内でのライブで基礎を固めて再び県外でも活動再開するように頑張ります。
2008年07月08日
38SPECIAL!

40までの階段があと2段となりました。
しかし
また唄者に一歩近づきました。
これからも精進します。
いろんなことに挑戦したいです。
頑張ります\(^O^)/
2008年07月07日
七夕の願い事。
1、世界中の人々が笑い合える平和な世の中になりますように。2、高校野球の県代表が甲子園で全国制覇出来ますように。
3、宮古が自然と人間が共存できる天国に一番近い島になりますように。
4、宮古民謡歌手として唄三線がもっと上手くなりますように。
5、生活が安定しますように(;^_^A
2008年07月06日
宮古民謡が知られていない訳。
沖縄本島や八重山の民謡に比べて宮古民謡はあまり知られていない。なりやまあやぐやどぅーかってぃクイチャーしか知らない人が多いのではないか。
その理由に宮古出身者でプロの民謡歌手として活動する人が少ないうえ、宮古方言も独特で、それを表現した芝居や舞踊も宮古以外で表現されることが少なく、また宮古以外に広めようとする考えを持たずに宮古の人だけ分かればいいさーという身内受け的な考えが今でも存在するからである。
だから以前は沖縄や八重山や内地の人が宮古民謡に興味があっても宮古の人が教えない、興味が薄れる、持てない=知らないという図式が出来てしまったのではないか?
中には宮古民謡=レベルが低いとみる人もいる。
自分達がレベルが高いと思ってるんだったら宮古民謡を高いレベルで歌ってみろっつーの(`´)
昨今は宮古方言で歌う人もいて宮古が注目され始めているが、定着するにはまだまだ時間がかかるだろう。
我々宮古出身のこれからの表現者達が地道に宮古を表現していく土台を作っていくのみだ。
この背景には宮古独自の島の考えというものがあるが、内容はまた別の日に書きます。
2008年07月04日
民謡コンクール。

新人賞、優秀賞、最高賞を受賞した。
教師免許、師範免許を持っていることを鼻にかけて偉そうに言っている輩で説得力のある歌を歌える奴や教え方が上手い奴を見たことがない
賞や免許は車の免許と同じで、教えられた通りに歌えて最後まで間違いなく出来れば誰でも取れる。
車と違って法的義務はなく、ハクはつくだろうが、取ったからといって歌や教え方が上手いとは限らない。車も同じだよね。
民謡や古典の団体で役職について偉そうにしている奴程たいしたことない。
芸の道は全く別の道だから。
自分の実績を謙虚に捉え、歌に敬意をはらい日々の稽古に精進している人程素晴らしい歌を歌う。
そういう人は教え方も上手い。
いい弟子も育つ。
そういう素晴らしい方々を見習いたい。
2008年07月03日
宮古の歌は素晴らしい。

宮古の唄は元々御獄にまつられている神々にあげる祝詞から発生したと言われており、祝詞から発生した歌を歌うということは神と人間が繋がる為の神聖な儀式であったと伝えられている。
宮古の唄が神々しく聴こえるのはその背景があるからだろう。
それだけに普段の生活にはあまり歌は浸透してなかったが、
時代を経て恋唄や人々の普段の生活の様子なども作られ歌われるようになってきた。
しかし、神に繋がり、願いや祈りをこう姿勢は変わらず歌に如実に表現されている。
宮古で踊られるクイチャーは各地で歌や踊り方は微妙に違うものの、神に祈りを捧げる姿勢は皆同じだ。
沖縄や八重山と違ってなかなか浸透しにくい宮古の唄だが、もっと皆さん興味をもって頂きたいと思っています。
私も宮古民謡歌手として皆さんに歌を届けていく為に頑張りますので応援よろしくお願いしますm(__)m




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