2008年07月04日
民謡コンクール。

新人賞、優秀賞、最高賞を受賞した。
教室免許、師範免許を持っていると偉そうに言っている輩に限って説得力のある歌を歌える奴や教え方が上手い奴を見たことがない
賞や免許は車の免許と同じで、教えられた通りに歌えれば誰でも取れる。
車と違って法的義務はなく、ハクはつくだろうが、取ったからといって歌や教え方が上手いとは限らない。車も同じだよね。
特に芸の道は偉そうにしている奴程たいしたことない。
自分の実績を謙虚に捉え、歌に敬意をはらい日々の稽古に精進している人程素晴らしい歌を歌う。
そういう人は教え方も上手い。
いい弟子も育つ。
そういう素晴らしい人を見習いたい。
2008年07月03日
宮古の歌は素晴らしい。

宮古の唄は元々御獄にまつられている神々にあげる祝詞から発生したと言われており、祝詞から発生した歌を歌うということは神と人間が繋がる為の神聖な儀式であったと伝えられている。
宮古の唄が神々しく聴こえるのはその背景があるからだろう。
それだけに普段の生活にはあまり歌は浸透してなかったが、
時代を経て恋唄や人々の普段の生活の様子なども作られ歌われるようになってきた。
しかし、神に繋がり、願いや祈りをこう姿勢は変わらず歌に如実に表現されている。
宮古で踊られるクイチャーは各地で歌や踊り方は微妙に違うものの、神に祈りを捧げる姿勢は皆同じだ。
沖縄や八重山と違ってなかなか浸透しにくい宮古の唄だが、もっと皆さん興味をもって頂きたいと思っています。
私も宮古民謡歌手として皆さんに歌を届けていく為に頑張りますので応援よろしくお願いしますm(__)m
2008年06月24日
最近のニュースを見て。

しかもかつてなかったような動機で安易な事件が多い気がするさーね。
うまくいかないのは世間のせいだから誰でもいいからと殺しちゃったりとか、一見平和そうに見える家庭が突然修羅場になったりとかさー(T_T)
なんかね、心がみんな貧乏になってる気がするんだよ。
戦後から始まった物質的な豊かさを今だに追い求めて社会人はこうあるべきだって型に無理やりみんなはめさせて、型にはまらない奴は駄目なやつだって排他し続けてきたツケが廻ってきてると思うね。
所詮みんながみんな役目を持ってこの世に生まれてきてるのに、みんなロボットみたいなことを求めている世間に問題があるよな。
だから自分を大事にしないで心をすり減らして貧乏になっていってると思うさーね。
どんなに大金持ちでもすごく可哀想な人もいるし、
ホームレスで乞食な人でも心豊かな人からは教えられることが多い。
人間心の大金持ちになったら社会も良くなるのにねーo(^∇^o)(o^∇^)o
2008年06月23日
6・23慰霊の日 その3

結論からいうと、平和な日は永久に続くものではありません。
人間に闘争本能がある限り、価値観の違いがある限り必ず争い事がおき、国レベルになれば戦争はおきます。
このことは過去の歴史や今の社会情勢からみてもあきらかです。
しかし、人間には他の動物にはない知能や理性という能力を神様から与えられています。
その知能や理性を駆使して価値観が違う相手でも本音でとことん話し合っていくことが出来れば和解出来なくとも共存していくことが出来る。
そう私は信じています。
そうすることによってお互いに平和な社会が形成出来るのです。
その共存の結果が世界の平和に繋がるのではないでしょうか?
これまで人間は多くの犠牲を出して平和の尊さに気付かされてきました。
戦争を体験しようがしまいが、戦争からは負の教訓しか生まれないことを一人一人が考えることが大切だと思います。
先の大戦で亡くなられた方々に合掌しつつ、この平和な日々が1日でも長く続いてくれるように祈っています。
2008年06月23日
6・23慰霊の日その2


その後立ち寄ったひめゆりの塔でも記念式典が行われていて、大勢の方が線香をあげ、戦没者への祈りを捧げていました。
ただ、ひめゆりの塔周辺が妙に観光地化されていて、土産物屋が並んでいるさまにはかなりの違和感を覚えました。
慰霊の日だからだはずねー(;^_^A





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